r_shibataの備忘録

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「人が増えても早くならない」と著者の倉貫さんから得た気づきをブログに残す

概要

先日、12月1日に富山県立大学DX教育研究センターで行われた「企業のシステム開発 なぜ上手くいかない? ~対話で解き明かす、開発の課題と解決策~」と2日に金沢で行われた「Agile Japan 2023 北陸サテライト」の両イベントに裏方として運営と参加してきました。 両イベントにゲストとしてソニックガーデンの倉貫さんに来ていただきました。倉貫さんと直接話すことで感じたことがたくさんあったため、ブログという形で残してみました。

きっかけ

はじめに倉貫さんのイベントを富山で開催してみたいと思ったきっかけは、弊社CLでどこよりも早く、倉貫さんの著書である「人が増えても速くならない」のABD読書会を行っていたからでした。私はYoutubeと社内Slackからイベントの様子を見ており、富山の企業さんにもこの話をしてもらってアジャイルについての理解を深めてもらいたいなと考えていました。また、何気なくTwitter(X)でイベントできたらいいよねーとツイートしたところ、Aglie Japan北陸サテライトのGのヤナギさんも似たような話をしていて、盛り上がりました。

その後、CL富山事業所と富山県立大学DX教育研究センターが共催した富山のイベントでGのヤナギさんに会う機会がありました。そこで、GのヤナギさんにAglie Japan北陸サテライトで倉貫さんが金沢に来るついでに、富山にも来てもらえるよう話をつけていただいた、という流れでイベントが実現しました。

経営についての話

富山県立大学DX教育研究センターとアジャイルジャパン北陸サテライトの両日とも、裏方に近い形で参加したこともあり、移動の時間や懇親会で雑談をする機会がありました。

もちろん、イベントに参加して感じたことはありますが、倉貫さんを送迎している最中や懇親会での話がとても面白かったため、雑談をメインに振り返ってみようと思います。

アジャイルという言葉を使わずに説明する

倉貫さんは具体的な事例やソニックガーデンの話をするときにアジャイルという言葉をあまり使わないところが印象的でした。

富山県立大学のイベントでは、非エンジニアの参加者にソニックガーデンを説明するときにアジャイルな開発をしている、とは言わずに「顧問料をいただきながらITに関わる仕事を全て受け持ちますよ」という説明をされていました。私は気になったのでイベント後に倉貫さんを送迎している車内で、なぜアジャイルという言葉を使わずに説明しているのかという質問をしてみました。すると、倉貫さんは「お客さんがほしいのはアジャイルではないんだよ」と回答してくれました。お客さんはアジャイルで得られるメリットをほしがっていて、メリットとデメリットを説明してあげれば、納得して取り入れてくれるよと解説してくれました。

私はそれを聞いて、ウォーターフォールで炎上している友人に、アジャイルの良さを伝えたときのことを思い出しました。友人はアジャイルというカタカナ語は覚えてくれた様子でしたが、意味を伝えてもあまり響いてない感じでした。今考えてみれば、アジャイルの意味を知っても、適用方法が分からなければ本当の意味で良さは分かりません。本当に必要だったのは、アジャイルという言葉ではなくて、困っていることの改善案を一緒に話し合うということだったなと思います。

社長、部長の視座になって言葉を考える

2日間のイベント参加をしてみて、私が一番気になったことがありました。それは倉貫さんのコピーライターのようなシンプルかつ、耳に残る言葉づかいでした。どうしても気になったので、懇親会の席で倉貫さんに尋ねたところ、会社勤めをしていたときに企画書や提案書などをたくさん書いたからだと言っていました。

昔、AWSが始まったばかりのときに、AWSを使った企画書を上司に持っていくと、なぜオンプレではなくAWSが必要なのか分からないと言われたそうです。社長に持っていっても同様のことを言われたことで、確かに社長はAWSのことは知らないよなと納得したそうです。 倉貫さんが振り返りをして考えたのは、社長や部長の視座になって企画書を考えられていなかったということでした。それからは、誰の視座で見てもぶれない言葉を使うように心掛けていると言っていました。

また、大企業じゃないと経験出来ないことだったと語っていました。

果物屋さんの看板を掲げておくと、お客さんは果物を買いに来る

私はイベントでソニックガーデンのプロジェクトのほとんどがうまく行っているという話を聞いて、いいお客さんに恵まれているなという印象を持ちました。私はそのことが気になり、倉貫さんに「なぜいいお客さんに恵まれるのか」と、また質問をしてみました。 倉貫さんの回答は「果物屋さんの看板を掲げておくと、お客さんは果物を買いに来るのと一緒だよ」でした。私は当たり前のことすぎて、はじめはピンときませんでした。続けて解説を聞くと、商売をするときには売上を伸ばしたくてスーパーのように品揃えを増やしがちだけど、逆にお客さんは何でもそろうと思って来てしまうことで目的の商品がなかった時のすれ違いも増えてしまう。もし美味しいメロンが欲しくなったら、スーパーじゃなくて果物屋さんに行くでしょ、と言っていて納得してしまいました。

また、企業の上場についても同様の話をしていました。

倉貫さんが取締役をしているクラシコムは上場企業ですが、スタートアップなどによく見られる、株主からの急激な成長を求めるヤジや圧力がなく、株主総会はいつも平和だそうです。理由は、IRに急激な成長を目指さないと書いてあり、配当金の計算式についても明示しているからです。IRを読めば、急激な成長を期待する投資家はつかずに、純粋にクラシコムに愛着を持ち応援したいという投資家だけに投資してもらえるとのことでした。

倉貫さんがお客さんと企業の両方が幸せになるためにビジネスを設計していることがわかりました。私個人としてもサービスを提供する側として、お客さんと楽しく仕事をするためにすれ違いをなくす努力や、そもそも仕事をしない提案をしなければならないと感じました。 ※この話には、よいサービスを持っていることが前提にあるとは思います。

既にある構造を適切に理解し、取り入れる

倉貫さんがソニックガーデンを説明するときには、聞きなじみのある言葉が出てきます。

例えば、会計士や委員会、親方のような言葉です。会計士がどのような場面で出てきたかというと、ビジネスの形態を説明するときです。ソニックガーデンはお客さんに会計士のように顧問料をもらいながら、必要に応じて追加で仕事を行い、成果に対しても報酬をもらいます。という説明をしていました。また、委員会であれば会社の決まりなどを話し合うときを指し、役職関係無く定期的に選ばれた人が参加します。

私は、倉貫さんが言葉として枯れていて、概念が揺らぎづらい仕組みを、ビジネスの要素として配置することがとても得意なんだなと感じました。ただし、仕組みを完全に理解した上でないと混乱を生むこともあるから、慎重に取り入れる必要があるよとアドバイスをもらいました。

ビジネスの幅を段階的に広げる

懇親会の席でビジネスに関する話をしていると、ビジネスは幅を段階的に広げることが必要だよという話をしてくれました。

ソニックガーデンがどのように大きくなっていったかという説明はとても興味深かったです。ソニックガーデンは5人ほどの会社で始めて、まずは「納品のない受託開発」をビジネスとして確立させることをしたということでした。次に、「納品のない受託開発」をやりたいエンジニアのための会社をアピールすることで正社員のエンジニア採用の施策を進めたということでした。

ビジネスが確実に成長していくためには1つ目の施策がうまく行くという土台を作ってから、1つ目の施策を元にした2つ目の施策を打つ必要があり、それぞれを同時に進めることは難しいことだという話でした。

似たような内容は、「ストーリーとしての競争戦略」という楠木さんの著書でも読んだことがありましたが、倉貫さんに直接お話を聴いたときの納得感は計り知れないモノがありました。

なぜかというと、ソニックガーデンの信念となるであろうエンジニアとお客さんが両方幸せになることであったり、プログラマが活躍できるということを大切にし、長期的に視点を持った施策を行っているように感じたからです。

「ストーリーとしての競争戦略」という本にも書かれていますが、単純に誰もが良いと思う施策を全てストーリーのように順番に行っても、すぐにみんなが真似をするので差がなくなります。そのため、差を作るためには他の会社が必ずしも良いとは思わない施策をする必要があります。この話の中では「納品のない受託開発」や正社員のみの雇用などがそれにあたるでしょうか。どちらも、明確に狙いがないとできない施策だと思います。

そのため、より強くソニックガーデンの信念を感じさせられました。

ソニックガーデンとメルカリの違い

私の中での成功しているIT企業イメージは、上場して株価や売上を5、10年で10、100倍に増やしているような企業です。

私は、ソニックガーデンの経営がとてもうまく行っているのに、なぜそのように急激なスケールする会社運営をしないかということも気になって倉貫さんに聞いてみました。

そのような疑問にまず、ビジネスの構造的な違いから答えてくれました。メルカリはサービスを売り物とした業態を取っているのに対して、ソニックガーデンのような受託開発を行う会社はプロフェッショナルサービスと呼ばれる業態をとっています。大まかに説明すると、人が専門的な知識や技術を使って仕事を行う業態です。つまり、プロフェッショナルサービスは人と売り上げが比例する関係にあります。線形にしか売り上げを増やすことが出来ないという構造的な理由から、目指す方向性が違うということでした。

ただし、SIerにもT○SやN○TDataのような大きな会社があるので、会社を大きくすること自体は不可能ではないという考えでした。先ほど述べた通り、会社の規模を大きくするためには一緒に働いてくれる人が必要です。倉貫さんは一つの要因として、昔はベビーブームで人が多かったため、売り上げを伸ばしやすかったのではないかと考察していました。

ソニックガーデンでは、「ビジネスの幅を段階的に広げる」の節でも書きましたが、「納品のない受託開発」をやりたいエンジニアのための会社という考えをエンジニアに伝えることでエンジニアに共感してもらい、会社の規模を大きくしていると考えられます。

私がこの話で感じたことは、無理やり残業をして売り上げを伸ばそうとか、とりあえず自社サービスをやりたいとかは、私のような一社員のミクロな視点で良い取り組みに見えても、会社全体では構造的に無理のある行動になっているかも、ということでした。

起きたことに向き合う経営をしている

私はここまでの話を聞いて、倉貫さんの話のロジカルさに感銘を受けました。なんだか、倉貫さんの計画通りに物事が進んでいるように感じました。私は、倉貫さんが計画通りに行くように不確実性を排除することを好んでいるのではないかと思い、経営で意識している観点について聞きました。

答えは全く違いました。ビジネスに不確実な要素は必ずあるので、起きたことに向き合うことは大切にしている。新型コロナのような予想のつかないことがあっても、起きたことに向き合うことで変化に適応することができる。逆にそれ以上できることはないということでした。

私はすぐに「人が増えても早くならない」のサブタイトルが浮かび、「ここでタイトル回収か!!!」と心の中で唸りました。本を買った人ならわかると思いますが、サブタイトルは「変化を抱擁せよ」です。

著者本人から自然と聞けたことで、本に書いてある言葉以上に「変化を抱擁せよ」が、私の心に深く刺さりました。また、アジャイルを体現する倉貫さんとお話をすることで、私の中でアジャイルという概念が芽生えてきた気がしました。

「人が増えても早くならない」を読んで

「人が増えても早くならない」を読んで感じたことも、振り返りたいと思います。

私がイベント前に本を買って読んでみたときは、あまり特別なことは書いていないという感想を持ちました。また、非エンジニアに向けた本と導入部分にも書いてあるため、非エンジニアの方に読んでもらえればいい本なんだなというくらいに思っていました。

しかし、富山で開催したイベントでイメージはだいぶ変わりました。

富山で行われたイベントには、発注者としてシステム開発に関わっている方が多く参加されていました。

発注者の視点での話を聞くと、本に書いてあるような話がたくさん出てきました。例えば、リリースには間に合ってない上に、仕様通りできていないソフトが納品されたり、仕様通りなのに思っていたものと違うという具合です。私から見た発注者の方々は怒っているというよりも、困っているという様子でした。

しかし、倉貫さんと参加者が話をしていく様子を眺めてわかったことがあります。発注者と受注者はどちらも業界の慣習となっている契約方法や仕事の進め方をそのままプロジェクトに当てはめているということでした。その結果、契約通りにシステムができたかに焦点が当たり、お客さんが本来欲しかった価値から関心が外れてしまうということが分かりました。

私はこのイベントを通して、システム開発は開発者が考える良い製品を作れば良いわけではなく、お客さんとの関係性を含めて作っていく必要があることを学びました。

富山のイベント後に改めて「人が増えても早くならない」を読み返すと、お客さんと話す上で価値観や言葉の意味を合わせておきたいトークテーマがずらっと並んでいるように見えました。また、お客さんから良かれと思って本書の原則から外れるような提案をされたときは、その提案の結末を一緒に考えてみるといいのかもしれないと思いました。

また一度、価値観や言葉の意味が揃ってしまえば、本当に求めていることについて集中して考えることもできます。

本書に書かれている内容や言葉はとても簡潔に書かれていますが、とても選び抜かれた言葉選びをされていると思います。筆者の倉貫さんと直接話してみたから感じることですが、本書で書かれている言葉の一つ一つが誰にとっても意味や意図が変わらないように丁寧に磨かれています。より深く本書の価値を感じるためにも、今使っているカタカナ語や専門用語を一般の人がわかる形で定義し直してみると良いのかもしれません。